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自分と未来は変えられる  選択肢を広げる生き方

タイ米チャーハンとトウモロコシのお餅

-- FIREまで266日  

※2022年2月2日から、上記日付を1年前倒した。  

 

タイ米チャーハンとトウモロコシのお餅は強く記憶に残っている。

コメ不足の年に食べた食品で、どちらもまずかった。

調べてみるとそれは1993年の出来事だったようで、冷夏による米の不作で日本の食卓を打撃し、お米も輸入されたことがあった。

 

本当に日本のお米が無かったのか、あっても高かったのか分からないが、祖母がタイ米を買ってきてチャーハンにしてくれたのを覚えている。

初めてインディカ米を食べた私も祖母も、「美味しくないね」という感想だった。

 

正月に限らず餅を好んで食べる家庭だったので、更に祖母はトウモロコシのでんぷんから作られたお餅も買ってきた。

こちらも、やはり似ているが非なり。

お餅ではなかった。

 

そんな昔のことを思い出すのも、昨今の食糧不足になりそうなニュースを見るからだ。

私の全ての記憶を遡っても、食糧不足になったことはない。

かろうじて、このコメ不足の年の記憶だけだ。(米以外はもちろん普通にあった。)

 

飽食やフードロスが叫ばれる時代に、まさか本当に食糧難になるのだろうか?

お金があっても買えなくなるのだろうか?

 

確かに、コロナになってから輸入ものが入荷していないことはしばしばあった。

その輸入品が無くても別のものを食べればいいのだが、食糧難とは選択肢が減るわけではなく、食べるものが減ってしまうのだ。

 

信じられないが、無いとは言い切れないことがこの世で起きている。

ウクライナの農地だって、次に作付けできるのは何年後だろうか?

 

できることとして、まず、フードロスを減らす。

戦争を経験し食品を無駄にできない祖父母に育てられたので、私は食品をまず無駄にしない。

年間、ニンジン1本くらいだ。(←去年、保存袋の下の方に隠れていて、ひなびていた。)

 

残念ながら廃棄される食品は生産される量のなんと33%という。

食品ロスとは? | 中学生・高校生・市民のための環境リサイクル学習ホームページ

このフードロスが無くなれば、少しくらいの食糧難はしのげるはずである。

 

戦争時代は本当に食べるものがなく、イモのツルでも食べたと祖父母が言っていた。

食糧難は喜ばしい事ではないが、今の世界経済・消費文化の在り方をきちんと考えるきっかけとなるべきである。